プラティーハーラ王国(読み)プラティーハーラおうこく(その他表記)Pratihara

旺文社世界史事典 三訂版 「プラティーハーラ王国」の解説

プラティーハーラ王国
プラティーハーラおうこく
Pratihara

8〜11世紀に北インドを支配したラージプート諸王朝の1つ
インダス川流域のシンドを占領したイスラーム勢力の東進を食い止め,ベンガルのパーラ朝デカン高原ラーシュトラクータ朝争い,北インドのカナウジに遷都した。ボージャ1世(在位836 (ごろ) 〜885 (ごろ) )の時代最盛期だったが,10世紀には弱体化し,1018年にガズナ朝マフムードによってカナウジが占領されて衰退した。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

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