ペトロニウスマクシムス(その他表記)Petronius Maximus

改訂新版 世界大百科事典 「ペトロニウスマクシムス」の意味・わかりやすい解説

ペトロニウス・マクシムス
Petronius Maximus
生没年:396-455

ローマ帝国西帝。在位455年。ローマ市の名門貴族で,ローマ都督(プラエフェクトゥス・ウルビ。420か21,433),イタリア道長官(プラエフェクトゥス・プラエトリオ・イタリアエ。435,439-41),コンスル(433,443)を歴任した。ウァレンティニアヌス3世にアエティウス殺害を教唆したと思われる。さらに455年3月には同帝殺害を画策,暗殺の翌日に即位し先帝妃と強制的に結婚したが,同年5月バンダルがローマ市に迫ると逃亡を図り,その途上でおそらくは護衛兵によって殺害された。わずか2ヵ月半の在位であった。
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