ホシュート部(読み)ホシュートぶ(その他表記)Khoshud

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ホシュート部」の意味・わかりやすい解説

ホシュート(和碩特)部
ホシュートぶ
Khoshud

モンゴルの4オイラート (瓦剌)族の一部。チンギス・ハンの次弟ジョチ・ハサルの後裔が支配。 17世紀なかば,グシ・ハン (→顧実汗 ) が出るに及び,主力は青海地方に移動,チベットを征服してダライ・ラマ5世を名目上の元首に推戴した。故土に残ったホシュートは,その後ジュンガルガルダン (噶爾丹)に支配された。青海のホシュートは最初から清朝に友好的であったが,18世紀初め,ホシュート部の部長となったロブサン・ダンジンは清朝に反旗を翻したものの,戦いに敗れ,以後清朝に服属した。

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