改訂新版 世界大百科事典 「ポーランド兄弟団」の意味・わかりやすい解説
ポーランド兄弟団 (ポーランドきょうだいだん)
Bracia polscy
宗教改革の結果ポーランドに生まれた改革派の一つ。過激な一派として知られ,アリウス派と呼ばれた。元来カルバン派の系統であるが,1562-65年の教会会議でカルバン派から分かれた。教義の上からは,反三位一体論(アリウス派の蔑称はこれに由来する),再洗礼を主張した。社会的には,財産の私有,社会階級の区別,国家権力,戦争に反対し,過激な主張のためにカトリック教会はもとより,他の改革派からも敵視され,改革派の統一をはかった〈サンドミエシュの合意〉(1570)から排除された。活動の中心はラクフおよびピンツフで,兄弟団の学校は水準の高さで知られた。兄弟団はポーランドにおける宗教的寛容の精神によって存続しえたが,しだいに圧迫が強まり,1658年の議会の決議により国外に追放された。なお,兄弟団の文化活動は,のちの啓蒙時代の進歩的思想の形成に少なからぬ影響を与えた。
執筆者:森安 達也
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