モシチツキ(その他表記)Ignacy Mościcki

改訂新版 世界大百科事典 「モシチツキ」の意味・わかりやすい解説

モシチツキ
Ignacy Mościcki
生没年:1867-1946

ポーランド学者,政治家。リガ工科大学化学を学ぶ。社会主義運動に関与し,1892年イギリス,スイス亡命。新たな窒素製造法を発見,1912年リボフ工科大学教授となり,化学工業の発展に寄与する。26年5月の政変後,親交のあったJ.ピウスーツキによって大統領に任命され,その政策を忠実に実行する。39年第2次大戦勃発に際し,ルーマニアに逃れ,政権パリ亡命政府に譲る。戦後スイスの亡命先で客死。
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世界大百科事典(旧版)内のモシチツキの言及

【ポーランド】より

…その支配は正常なものでなく,ピウスーツキの個人的権威に依存していた。 ピウスーツキは既成政党を嫌い,大統領モシチツキIgnacy Mościcki(1867‐1946)や首相バルテルKazimierz Bartel(1882‐1941)のような専門官僚,首相スワベクWalery Sławek(1879‐1939)のような軍団以来の側近(いわゆる〈大佐グループ〉)を重用した。議会選挙に対応するため〈政府翼賛無政党ブロック〉という政治組織がつくられたが,〈サナツィアsanacja(浄化)〉というあいまいな標語とピウスーツキへの個人的忠誠以外に政綱を欠いていた。…

【ポーランド】より

…その支配は正常なものでなく,ピウスーツキの個人的権威に依存していた。 ピウスーツキは既成政党を嫌い,大統領モシチツキIgnacy Mościcki(1867‐1946)や首相バルテルKazimierz Bartel(1882‐1941)のような専門官僚,首相スワベクWalery Sławek(1879‐1939)のような軍団以来の側近(いわゆる〈大佐グループ〉)を重用した。議会選挙に対応するため〈政府翼賛無政党ブロック〉という政治組織がつくられたが,〈サナツィアsanacja(浄化)〉というあいまいな標語とピウスーツキへの個人的忠誠以外に政綱を欠いていた。…

※「モシチツキ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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