リッサの海戦(読み)リッサのかいせん(その他表記)Naval Battle of Lissa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リッサの海戦」の意味・わかりやすい解説

リッサの海戦
リッサのかいせん
Naval Battle of Lissa

プロシア=オーストリア戦争中の 1866年7月 22日,アドリア海のリッサ島付近で,プロシアと結んだイタリア艦隊と,オーストリア艦隊とが行なった海戦。当時イタリアは国家統一の途上にあり,オーストリアからベネチアを手に入れるため,プロシアと同盟していた。ピサーノの率いるイタリア艦隊は 34隻8万 6000tで,W.テーゲットホフ司令下のオーストリア艦隊 27隻7万 5000tよりも優勢であった。しかしイタリア海軍は,素質,訓練ともに老大国のオーストリア艦隊に劣っていたため,リッサ海戦はイタリアの敗北に終った。しかし,同盟国のプロシア軍がケーニヒグレーツの戦いでオーストリア軍を破ったので,講和が成り,イタリアは宿願のベネチアを手に入れた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む