日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロワイエ・コラール」の意味・わかりやすい解説
ロワイエ・コラール
ろわいえこらーる
Pierre Paul Royer-Collard
(1763―1845)
フランスの政治家。フランス革命が勃発(ぼっぱつ)すると、当初革命に共鳴してパリ・コミューンに加わったが、八月十日事件以後革命運動から離れ、恐怖政治の時期に身を隠した。革命の退潮期に、マルヌ県から五百人院議員に選出され、政界に入った。帝政期には政界を離れ、ソルボンヌの哲学史教授となった。王政復古がなると政界に復帰して衆議院議員に選出され、憲章を擁護する理論派の領袖(りょうしゅう)として、過激王党(ユルトラ)派と対決した。1830年3月、221人の議員を代表して国王シャルル10世に抗議文を上奏した。これは七月革命の一つの引き金の役目を果たしたが、革命後は指導的役割を果たすことなく、1842年に政界を引退した。
[本池 立]