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アンドレア・デル・サルト Andrea del Sarto

翻訳|Andrea del Sarto

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世界大百科事典 第2版の解説

アンドレア・デル・サルト【Andrea del Sarto】

1486‐1530
ルネサンス末期のイタリアの画家。フィレンツェ生れ。本名アンドレア・ダニョロ・ディ・フランチェスコAndrea d’Agnolo di Francesco。ピエロ・ディ・コジモ,フランチャビジョFranciabigioに学ぶ。レオナルド・ダ・ビンチミケランジェロラファエロの美点を総合し,バザーリによって〈欠点なき画家〉と呼ばれた技巧派。代表作《アルピエの聖母》(1525)は,左右相称の構成,光と影にみちた彩色,表情のある人物など,ルネサンスの諸技法を総合した古典的作品であるが,《聖母の被昇天》(1530)では,以上の諸要素を誇張して,マニエリスティックな激しさと破綻を示している(マニエリスム)。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のアンドレア・デル・サルトの言及

【マニエリスム】より


[マニエリスムの誕生]
 マニエリスムの始源については,ミケランジェロの弟子によってローマに発生したとする説と,フィレンツェの1490年代に生まれたポントルモ,ロッソ・フィオレンティーノなどを創始者とする説とがあったが,今日では,以上に見たように,盛期ルネサンスのすべての局面に同時にマニエリスムの萌芽がみられると考えられている。このうち,時期的に最も早いものとしては,フィレンツェの盛期ルネサンスの様式上の完成者アンドレア・デル・サルトとその周辺に育ったポントルモ,ロッソ・フィオレンティーノ,パルマのコレッジョとローマのラファエロ主義の感化を受けたパルミジャニーノ,ラファエロの弟子ジュリオ・ロマーノ,ペンニGiovanni Francesco Penni(1488ころ‐1528),ジョバンニ・ダ・ウーディネGiovanni da Udine(1487‐1561ころ),ペリーノ・デル・バーガPerino del Vaga(1501‐47),これらと独立してシエナにあってレオナルド風の明暗法をおし進めたベッカフーミなどがあげられる。ミケランジェロの影響はこれらすべてに及んだが,とくにロッソ・フィオレンティーノとポントルモに著しい。…

【模写】より

…この種の模写は,その時代の需要に対応して流布するものであって,どれほど忠実な模写であっても原作の力に及ばないといえる。しかしたとえば,オッタビオ・デ・メディチがアンドレア・デル・サルトに命じてラファエロの《レオ10世の肖像》を描かせ,この模写をマントバ公に贈ったという逸話が示すように,名品の優れた模写は,画家の独創性という観念とは別個に,尊重されていた。また,18世紀,修業時代のワトーが,生計のためにコピースト(模写画家)として,オランダの画家G.ダウなどの作品の模写に励んでいたという挿話は,複製技術の乏しい時代においてコピーストが重用されていたことを示している。…

※「アンドレア・デル・サルト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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