コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ウサーマ・ブン・ムンキズ Usāma b.Munqidh

1件 の用語解説(ウサーマ・ブン・ムンキズの意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

ウサーマ・ブン・ムンキズ【Usāma b.Munqidh】

1095‐1188
シリアの騎士,文人。ハマー近郊のシャイザル城主であったムンキズ家の出身で,モースルザンギー朝君主に仕えて十字軍と戦った後,1138年からダマスクスに住んで十字軍騎士と親交を結んだ。44年にファーティマ朝治下のカイロへ移ったが,宮廷の内紛に巻き込まれて10年後にダマスクスへ戻り,62年にはヌール・アッディーンに従ってアンティオキアの攻略戦に参加,ディヤール・バクルでの隠退生活を経て,74年再びダマスクスに戻り,サラーフ・アッディーン(サラディン)に仕えた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のウサーマ・ブン・ムンキズの言及

【十字軍】より

… 11世紀に至るまで,ヨーロッパ世界についてのイスラム教徒の知識は,そのほとんどが間接的な情報に基づくものであったから,戦闘を通じてヨーロッパのキリスト教徒とイスラム教徒が直接の交渉をもったことの意義は少なくなかった。少数ではあるがウサーマ・ブン・ムンキズのように十字軍騎士と親交を結ぶ者もあったし,戦時中一段と活発になった交易活動を通じて,砂糖生産やガラス工芸の技術なども西方に伝えられた。しかし200年に及ぶキリスト教徒との戦闘は,イスラム教徒の間に不寛容なスンナ派主義をはぐくむ結果となり,十字軍に対してばかりでなく,土着のキリスト教徒やユダヤ教徒をも非難・攻撃する風潮が生まれ,やがて都市のなかに宗派別のハーラ(街区)が形成される一因となった。…

※「ウサーマ・ブン・ムンキズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ウサーマ・ブン・ムンキズの関連キーワードシリアル転送騎士修道会コルベ円卓物語シシリーシリアスランスロットシリアスドラママダラの騎士像ホワイトナイト(白馬の騎士)

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone