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エチオピア・エリトリア停戦協定 えちおぴあえりとりあていせんきょうてい

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知恵蔵2015の解説

エチオピア・エリトリア停戦協定

1998年5月、エリトリア軍がエチオピア国境にあるバドマを占領したのを契機に両国は戦闘状態に入った。原因は従来両国の国境が明確でなかったことにある。アフリカ統一機構(OAU)は直ちに調停に乗り出したが、エリトリアはそれを受け入れず戦闘は拡大した。99年1月、国連安保理は紛争地域からのエリトリア軍の撤退を求めるOAU案を支持し、両国に和平を呼びかける決議を採択。同年3月、エリトリアはOAU調停案を受諾することを安保理に通告、武力紛争の停止と交渉が始まった。しかし2000年5月、エリトリア軍は戦闘を再開したため、安保理は両国に武器禁輸を決議、即時停戦と交渉再開を要求した。この結果、OAUの仲介により交渉が再開され、同年12月、アルジェで和平条約が結ばれ、国境線に沿って幅25kmの緩衝帯が設置された。その後、国連調査団(UNMEE)が両国国境の画定作業に入った。03年3月の国境画定委員会の報告書で、エリトリアのバドマ領有が承認された。しかし、エチオピアは依然、占拠を続け、これに対しエリトリアは国連の対応を強く非難している。

(林晃史 敬愛大学教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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