オモ遺跡(読み)オモいせき(その他表記)Omo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オモ遺跡」の意味・わかりやすい解説

オモ遺跡
オモいせき
Omo

エチオピアの最南部,トゥルカナ湖 (旧ルドルフ湖) の北に位置する化石人類遺跡で,今日人類の祖先を探索するにあたって,最も注目されている遺跡の一つ。かつてアウストラロピテクス類の猿人が発見されたオルドバイ峡谷に最も似た地形といわれ,乾燥地でありながら,オモ川には豊かな流れがみられる。 1967年,アメリカ,フランス,ケニアの3国の学者よりなるオモ川流域国際古生物調査団がこの地方の遺跡を調査した。その結果,300万~230万年前の地層から,きゃしゃな型のアウストラロピテクス類,230万~200万年前の層から,頑丈な型のアウストラロピテクスを発見。そのほか多数の哺乳類化石を得て,年代測定を行なった。これを機会に,この地方およびトゥルカナ湖周辺の古人類学的価値が急速に高まっている。 1980年世界遺産の文化遺産に登録。

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