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キリスト教社会党[オーストリア] キリストきょうしゃかいとう[オーストリア]Christ lichsoziale Partei

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キリスト教社会党[オーストリア]
キリストきょうしゃかいとう[オーストリア]
Christ lichsoziale Partei

オーストリアの政党。都市の中産,下層階級を基盤として 1870~80年代に形成されたが,党首 K.ルーエガーのウィーン市長就任 (1897) 後は,宮廷,カトリック保守派に接近し,農民層をも広く包含するにいたった。反マルクス主義の立場から進化主義に基づく社会改良理論を打出し,オーストリア社会民主党と鋭く対立した。 1907~11年議会第1党。 20年秋以後政権を維持したが,キリスト教社会党の武装組織,護国団と社会民主党の共和国防衛同盟の衝突により内政の危機を招き,大統領権限の拡大によりこれを回避した。 32年首相となった E.ドルフスは,共和国防衛同盟の解散とオーストリア・ナチスの活動を禁止,さらに政党に代り祖国戦線を結成,これにキリスト教社会党および護国団を結集させたことにより,党としてのキリスト教社会党は解消することになった。

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