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クリュニー クリュニーCluny

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クリュニー
Cluny

フランス中部,ソーヌエロアール県の町。マコン北西 24km,ソーヌ川の支流グローヌ川左岸に位置する。ベネディクト会クリュニー修道院創設 (910) が町の起源。現在は家畜の取引が盛ん。同修道院の一部のほか,ノートル・ダム聖堂 (13世紀) ,チーズ塔 (11世紀) などが残っている。人口 4133 (1982) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

クリュニー【Cluny】

フランス中東部,ソーヌ・エ・ロアール県の町。人口4700(1982)。マコンの北西24km,マコネー山地とシャロレー山地とを分けて北北東流するグローヌ川(ソーヌ川支流)の奥まった谷にある。古名はクルニアクムCluniacum。ベネディクト派のクリュニー修道院が建設され,その門前町として発達した。修道院は現在,工芸学校として利用されるが,付属していた11~12世紀建設の教会が残る。家畜市,種馬飼育所で知られる。

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世界大百科事典内のクリュニーの言及

【クリュニー修道院】より

…909‐910年に,アキテーヌ公ギヨーム1世によって彼の所領ブルゴーニュのクリュニー荘園内に建設された修道院で,初代修道院長ベルノー以下歴代優れた修道院長をえて修道院改革(クリュニー改革)に空前の成功を収めた。当初からの貧民救済と第2代院長オドーOdo(878ころ‐942)から始まる典礼の重視は不安な時代に生きる人々の心を当院に向けさせ,農民のみならず上層階級の支持をも受けた。…

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