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グアリーノ・ダ・ベローナ Guarino da Verona

世界大百科事典 第2版の解説

グアリーノ・ダ・ベローナ【Guarino da Verona】

1374‐1460
イタリア人文主義教師。ベローナに生まれ,パドバ大学で公証術を修学の後,コンスタンティノープルでギリシア語を学んだ。帰国後フィレンツェベネチア,ベローナに古典語の寄宿学校を開設。1429年フェラーラエステ家家庭教師として招聘され,36年以後没するまでフェラーラ大学修辞学教授。3段階からなる人文主義教育のカリキュラムを完成し,後のヨーロッパ人文主義教育を方向づけた。【児玉 善仁】

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世界大百科事典内のグアリーノ・ダ・ベローナの言及

【マヌティウス】より

…イタリア名Aldo Manuzio,本名Teobaldo Manucci。フェラーラでグアリーノGuarino da Veronaに師事してギリシア語とラテン語を学び,カルピの貴族の家庭教師を務めた後,特にギリシア古典研究を振興させる目的で1495年ころベネチアに印刷所を起こした。ムスロスやラスカリスなどビザンティン帝国からの亡命学者の協力の下に,主として自ら校訂編集も手がけ,生涯に96点27冊に上るギリシア古典作品と入門書を出版して,その普及に貢献した。…

【マヌティウス】より

…イタリアの人文主義者,出版者。イタリア名Aldo Manuzio,本名Teobaldo Manucci。フェラーラでグアリーノGuarino da Veronaに師事してギリシア語とラテン語を学び,カルピの貴族の家庭教師を務めた後,特にギリシア古典研究を振興させる目的で1495年ころベネチアに印刷所を起こした。ムスロスやラスカリスなどビザンティン帝国からの亡命学者の協力の下に,主として自ら校訂編集も手がけ,生涯に96点27冊に上るギリシア古典作品と入門書を出版して,その普及に貢献した。…

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