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ケズウィック ケズウィック Keswick

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デジタル大辞泉の解説

ケズウィック(Keswick)

英国イングランド北西部、カンブリア州の町。湖水地方北部の観光拠点。グレタ川に沿い、付近にダーウェント湖や先史時代環状列石カッスルリッジストーンサークルがある。ケズィック

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ケズウィック Keswick, William

1834-1912 イギリスの商人。
安政6年清(しん)(中国)から長崎に来航。同年横浜開港と同時にジャーディン-マセソン商会横浜店を開店,支配人となる。文久2年帰国。1912年3月9日死去。78歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

ケズウィック

没年:1912.3.9(1912.3.9)
生年:1834
幕末に来日したイギリス人商人。香港に本店を持つイギリス商社ジャーディン・マセソン商会創立者のひとりのW.ジャーディンの姉弟の孫息子。1855年中国へ行き,1858年同商会のパートナーとなる。安政6(1859)年2月,対日貿易の責任者として開港前の長崎に来航。同年7月,開港直後の横浜で同商会横浜店を開き,文久2(1862)年5月まで滞在する。香港に戻り,1886年ロンドンに移りマセソン商会の中心人物として活躍。1906~12年には同社の重役につく。弟のJ.J.ケズウィック(1845~1914)は駐日英国公使H.パークスの3女と結婚した。<参考文献>M.Keswick《The Thistle and the Jade》,石井寛治『近代日本とイギリス資本』

(内海孝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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