営業主たる商人に代わって営業主の営業に関するいっさいの裁判上または裁判外の行為をなす権限を有する商業使用人(商法38条1項)。支配人のもつ包括的な代理権を支配権という。現実に支配人という名称を使っていることは必要でなく,店長・支店長などさまざまな名称が用いられている。支配人の地位は,営業主の支配権を与える旨の意思表示によって発生するが,各種の会社については支配人選任の権限の帰属等が法定されている(たとえば,合名会社につき71条,株式会社につき260条2項3号)。支配人は個々の営業単位ごとに,換言すれば,個々の営業所あるいは使用商号ごとに選任されるが,いわゆる総支配人のように,一人が複数の営業単位の支配人たる地位を兼ねてもよい。支配人については商業登記事項とされている(40条)。支配権は包括的な性格を有し,いったんこれを与えた以上,営業主がその権限を制限しても,そのことを知らない善意の第三者には対抗できない(38条3項)。ただし,単独の支配人による独走を防ぐために,複数の支配人が共同して代理権を行使すべきものとする共同支配の形態をとることもできる(39条)。包括的な代理権を有する支配人は営業主の営業において有力な地位を占めるので,商法は,支配人がその職務に専念し,また,競業により営業主の利益を害さないようにするため,支配人が営業主の許諾なしにみずから営業をすることや,競業(自己もしくは第三者のために営業主の営業の部類に属する取引をなし,または,会社の無限責任社員,取締役もしくは他の商人の使用人となること)を行うことを禁じている(競業避止義務,41条1項)。支配人がこの義務に違反して自己のために取引をなした場合には,営業主は介入権を行使できる(41条2項)。なお,支配権を与えられていないのに支配権を有すると認められる名称(支店長など)を付された使用人を表見支配人とよび,その者は裁判外の行為について,支配人としての外観を信頼した善意の第三者に対する関係では,支配人と同一の権限を有するものとみなされる(42条)。
執筆者:山下 友信
江戸時代の商家にも支配人およびそれに類似の名称はあり,それは丁稚(でつち),手代,番頭などの商家奉公人序列の最高位に位置した。支配人は一定の年季をつとめ上げた番頭中より優秀なものが選ばれることがふつうであった。《大坂商業習慣録》によれば大坂の鴻池善右衛門家の場合,〈手代となりてより二十箇年を経て支配人見習となり,又二,三年を経て始て別家を許さる。之を別宅支配人といふ。(中略)支配人及別宅手代より以下は妻を娶ることを許さず。又一店の取締方は,総て支配人之を負担す……手代以上は支配人之を直轄〉すべしとある。支配人の権限は主人に代わって店のこと一切を代行することであって,近江商人伴蒿蹊の《主従心得書》には,支配人は〈商売,掛引,諸払の取扱では定りたることにて其役なれども,全体,上と下との間にありて,平生行儀作法を正すべきものなり〉とあり,また前出の《大坂商業習慣録》には〈一店商業の総宰にして其責任尤も重く,主家商業の盛衰は総て之が商略の如何に因れり〉とある。店によっては本店支配人,店々支配人,後見支配,支配脇などがあった。三井家では雇人の制は,大取締-取締-加判名代-元方名代-勘定名代-名代-後見人-支配役-支配人-組頭-役頭-上座-手代-子供などこまごまとした職階があった。鴻池家では支配人のほか支配役,支配判形役などの名称があり,また,支配人の主だった者を老分(おいぶん)/(ろうぶん)などと称した。支配人には給金のほか,〈あてがい金〉〈元手金〉〈加増金〉などさまざまの名称の報償金が与えられ,支配人はそれを元手に自分商売を許されることも少なくなく,それによる利益は店に積み立てられ,退職金に加えられた。明治初期の会社においては支配人の権限,職能は大きく,社長,頭取,取締役は所有者の代表的存在で,経営者としては非常勤の形式的経営者でしかなかった場合が多いが,支配人は実質的にトップ・マネージメントの職能を果たすことが少なくなかった。
執筆者:宮本 又郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
商人・会社によって選任され、営業主・会社にかわりその営業(事業)に関するいっさいの裁判上・裁判外の行為をなす権限を有する商業使用人(商法20条・21条、会社法10条・11条)。支配人は営業主や会社の営業(事業)全般にわたる包括的な代理権(支配権)を有する者であり、その名称のいかんを問わない。なお、支配人でもないのに、支店長・支社長など営業所や会社の本店または支店の事業の主任者であることを示す名称をつけられた者は、取引上、支配人と同一の権限があるものとみなされ(商法24条、会社法13条)、善意の相手方の保護が図られている(表見支配人)。支配人は営業主である商人や会社が選任するが、会社にあっては、取締役の過半数の決議が必要である(会社法348条2項・3項1号)。その選任および代理権の消滅は登記事項である(同法918条)。支配人の代理権は広範かつ強力なもので、営業主や会社がこれに制限を加えても善意の第三者に対抗できない不可制限的なものである(商法21条3項、会社法11条3項)うえに、支配人は営業上の秘密にわたる事項にも通じているから、営業主や会社のために全力を尽くすとともに、営業主や会社との間に競業関係が発生するのを防止するために支配人には重い義務が課せられている(商法23条1項、会社法12条1項)。これに違反すれば、営業主や会社は支配人の解任、損害賠償の請求のほか、競業避止義務違反の場合は、それを理由に、当該行為によって支配人または第三者が得る利益の額を、営業主や会社に生じた損害の額と推定する(商法23条2項、会社法12条2項)。
[戸田修三]
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…番頭には一人制のものと数人制のものとがあった。数人制の場合にはその首席のものが支配人となって,商売上の権限ないしは家政の大半をにぎるようになった。一人制では番頭が支配人となって,手代以下のものを統率した。…
※「支配人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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