ダールベルク(その他表記)Dalberg, Karl Theodor, Freiherr von

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ダールベルク」の意味・わかりやすい解説

ダールベルク
Dalberg, Karl Theodor, Freiherr von

[生]1744.2.8. ヘルンスハイム
[没]1817.2.10. レーゲンスブルク
最後のマインツ選帝侯 (在位 1802~03) 。ライン川中流域に所領をもつドイツの名門貴族の出で,1772年エルフルトのマインツ選帝侯代理官,87年マインツ副司教を経て,1802年マインツ選帝侯となった。自由主義的で,ナポレオン1世の恩顧を得たため,03年の帝国西部領域再編成でマインツ大司教領が消滅したとき,レーゲンスブルクとアシャッフェンブルクの両侯国を与えられ,ライン同盟結成にあたってはその首席君主とされた。 10~13年にはフランクフルト大公を称し,その後レーゲンスブルク大司教となった。カトリック教界における啓蒙思想の代表者であった。

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367日誕生日大事典 「ダールベルク」の解説

ダールベルク

生年月日:1744年2月8日
ドイツの貴族
1817年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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