チムー王国(読み)チムーおうこく(英語表記)Chimú kingdom

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チムー王国
チムーおうこく
Chimú kingdom

11~15世紀にかけてペルー北部の海岸地帯に成立した王国。ペルー北部のトルヒーヨ付近のチャンチャン首府とし,月信仰を基礎にドラゴンの神殿,パラモンガの要塞など巨大な建造物を伴う多くの都市を建設し,その版図は北はピウラ谷から南はカスマの谷に及んだ。特にチャンチャンはこれらのなかでも最大の規模をもつ都市で,整然と区画された地域には神殿,宮殿,灌漑施設,貯水池などがあった。また土器 (特に黒色土器 ) ,織物,金属工芸にすぐれた技術をみせている。発掘されたこれらの遺跡の状態から,貴族,平民,奴隷などの階級社会や中央集権的な国家組織が存在したものと思われるが,15世紀のなかば頃アンデスに興ったインカ帝国に征服された。

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世界大百科事典内のチムー王国の言及

【アンデス文明】より

…南アメリカ大陸のペルーを中心に,前1000年ころから西暦1532年まで存続した諸文化の総称で,アンデス先史時代の形成期中期から後古典期の終りまでの時代にまたがる。アンデス地帯に人類が住みはじめるのはおよそ2万年前といわれる。それから前4000年までを石期という。およそ1万年前,アンデス地帯の住民は,後氷期の新しい環境への適応として,シカやラクダ科動物(ラマなど)の狩猟と野生植物の採集を生業の基盤にすえ,高原や山間の谷間に住みこんでいった。…

【チムー文化】より

…ペルー北部海岸の都市トルヒーヨの近郊にあるチャンチャンChan Chanを中心とする文化。インカ帝国に征服される(1400年代)直前には北はトゥンベスから,南は現在のリマの付近まで,約1200kmにおよぶ海岸地帯を支配し,ランバイェケ谷,パカスマヨ谷などに複数の地方政治センターをもち,南は文化の違うチャンカイをも含む広大な版図をもつチムーChimú王国を形成していたといわれる。その成立に関しては,王国を築いた人々が南からバルサ筏でやってきたという伝説などがわずかに伝えられるが,ほとんど何もわかっていないし,考古学的にも証明されてはいない。…

【チャンチャン】より

…ペルー北海岸一帯に,14~15世紀に栄えたチムー王国の首都。現在のトルヒーヨ市郊外に巨大な都市遺跡として残っている。…

※「チムー王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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