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デュラン・リュエル商会 デュランリュエルしょうかい Durand‐Ruel et Cie

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世界大百科事典 第2版の解説

デュランリュエルしょうかい【デュラン・リュエル商会 Durand‐Ruel et Cie】

パリの画商。文具,画材店から身を起こし,1840年に初代ジャンデュラン(妻の姓はリュエル)によってバルビゾン派を主に扱う画商として店を開く。1865年に,その子ポールが店を継ぎ,まだ無名の印象派の作品を買い入れて彼らの経済的支柱となった。ポールは3人の息子の助力を得,印象派から後期印象派までの画家たちの個展をかなり早い時期に行うなど,この時代の美術界の動向を先取りする重要な役割を担った。1974年に閉店。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のデュラン・リュエル商会の言及

【画商】より

…絵画,版画などの美術品を売買する商売,またその商人。絵画や版画のほかに彫刻,工芸も扱うものは美術商,古美術中心の商人は骨董(こつとう)商ともいう。美術品は,良質な素材,優秀な制作技術,独自の表現,良好な保存などの美的品質と,信仰,歴史的資料,権威や富の象徴,建築や身体の装飾,大衆的嗜好などの社会的需要が結びつくと,商品価値をおびる。
[西洋の画商]
 美術品の交易の歴史は古く,前2000年ころのエトルリアの墓から,エジプト,小アジア,フェニキア産の銀器,銅器,ガラス器が出土している。…

【モネ】より

…フランス印象派の代表的画家。パリに生まれる。幼いとき一家はル・アーブルに移り,海に親しんで成長する。またカリカチュアを好み,町の名士たちの姿を描いていたところを画家ブーダンに発見され,油彩と戸外制作の手ほどきを受けて風景画家の道を歩むことになる。19歳のとき,親の反対を押し切ってパリに出,グレールM.G.C.Gleyreのアトリエやアカデミー・シュイスに通い,後の印象派のグループと親交を深める。バジールとともにバルビゾン近くの村シャイイやフォンテンブローの森で戸外制作を行い,マネに刺激された《草上の昼食》(1865),《庭の女たち》(1866)で,大画面の光あふれる戸外制作の作品を描くが,世に入れられない。…

※「デュラン・リュエル商会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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