ハンニバル戦争(読み)はんにばるせんそう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハンニバル戦争」の意味・わかりやすい解説

ハンニバル戦争
はんにばるせんそう

第2回ポエニ戦争(前218~前201)の別称カルタゴの武将ハンニバルはアルプス越えで北イタリアに侵入しローマ軍交戦、前202年ザマの戦いに大敗して翌年講和が成立した。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハンニバル戦争」の意味・わかりやすい解説

ハンニバル戦争
ハンニバルせんそう

「ポエニ戦争」のページをご覧ください。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のハンニバル戦争の言及

【ポエニ戦争】より


[第2次]
 バルカス家のイベリア半島経営による勢力伸張の末,ハンニバルが前219年サグントゥムを攻撃し,翌年ローマとの戦争にはいった(前218‐前201)。このためハンニバル戦争とも称される。大軍を率いたハンニバルは,スペインからイタリアに侵入し,半島の各地でローマ軍を撃破した(トレビア河畔,トラシメヌス湖畔の戦闘)。…

※「ハンニバル戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む