バイエルン継承戦争(読み)バイエルンけいしょうせんそう(その他表記)Bayerischer Erbfolgekrieg; War of the Bavarian Succession

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バイエルン継承戦争」の意味・わかりやすい解説

バイエルン継承戦争
バイエルンけいしょうせんそう
Bayerischer Erbfolgekrieg; War of the Bavarian Succession

バイエルン選帝侯領の相続をめぐるプロシアオーストリア間の戦争 (1778~79) 。シュレジエンの喪失後,ドイツにおける地位の回復をはかるオーストリアは,1777年バイエルン侯マクシミリアン・ヨーゼフの死後その跡を継いだファルツ選帝侯カルル・テオドールとの間にウィーン協定 (78) を結び,ニーダーバイエルンの領有を承認させた。これに対してプロシアのフリードリヒ2世 (大王)はツワイブリュッケン侯カルルの支持を得てボヘミア侵攻,オーストリア軍と対峙したため,フランス,ロシアが調停に入り,79年5月テッシェンの和約が結ばれ,オーストリアはバイエルンへの要求を取下げた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む