マインツ大司教領(読み)マインツだいしきょうりょう(その他表記)Erzbistum Mainz

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マインツ大司教領」の意味・わかりやすい解説

マインツ大司教領
マインツだいしきょうりょう
Erzbistum Mainz

ライン川の中流域,マイン川との合流点の左岸に形成されたドイツの教会諸侯領。その政治中心地マインツは,ローマ皇帝ドルススが建設した要塞都市モゴンチアクム (マグンチアクム) に由来し,宣教師ボニファチウス (ウィンフリード ) が8世紀末にここに大司教座をおいて以来,中世ドイツにおけるカトリック教会の中心地となった。歴代の大司教は帝国書記局長として政治的にも重きをなし,1356年の金印勅書では筆頭の選帝侯国 Kurfürstentumとされ,皇帝マクシミリアン1世時代に出た大司教ベルトルト・フォン・ヘンネベルク帝国改造運動で指導者の役割を演じた。この間,ヘッセンアシャッフェンブルクチューリンゲンエルフルトなども領土に加えたが,1803年ナポレオン1世による領域再編の際,世俗化されて解体し,最後の選帝侯 K.ダールベルクはアシャッフェンブルクのみを保持,ウィーン会議の結果,マインツ市はヘッセン=ダルムシュタットに与えられた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む