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メスロプ・マシトツ Mesrop Mashtots

世界大百科事典 第2版の解説

メスロプ・マシトツ【Mesrop Mashtots】

362‐440
アルメニア語のアルファベットの考案者で,アルメニア最初の学校創設者でもある。ワン湖の西,タロン地方の生れ。郷里で教育を受けた後,首都バガルシャパット(現,エチミアジン)に出て,まず文官として,後に軍人としてアルメニア王ホスロー3世の宮廷に仕えた。当時すでにギリシア語,ペルシア語,シリア語にたんのうだった。しかし隠遁(いんとん)生活に入り,ナヒチェバン地方でキリスト教化活動にも従事した。この後,首都に戻り,アルメニア教会カトリコスのサハク,アルメニア王ブラムシャプーフの援助をうけてアルメニア語アルファベット開発のための研究に入った。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のメスロプ・マシトツの言及

【アルメニア】より

… 2~3世紀にそれ以前のイラン系,ギリシア系の多神教からキリスト教への改宗が進み,4世紀に国教化された。405‐406年には修道士のメスロプ・マシトツが独自のアルファベット(アルメニア文字)を考案した。ローマ領では,アルメニア大領主制が解体され中央集権化が進んだが,逆にイラン側では,土着の封建的社会構造が維持され,ヤズドゲルド3世がキリスト教を迫害し,マズダク教を強制したときには,バルダン・マミコニヤンVardan Mamikonyanの率いる民族的規模の大反乱が起こった(451)。…

【聖書】より

…【左近 淑】
【東方の諸訳】
 アルメニア語訳は正確さと写本の多いことで知られている。5世紀前半に修道士メスロプ・マシトツがメソポタミアで神学を学び,そのかたわらアルメニア語の新しい文字体系を考案した。聖書の翻訳は,410年ころからシリア語訳にもとづいて進められ,メスロプ・マシトツとその弟子がこの事業にたずさわった。…

※「メスロプ・マシトツ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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