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モロ戦争 モロせんそう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モロ戦争
モロせんそう

1571年から 300年にわたってスペインフィリピン間で行われた戦争。モロとは本来はイベリア半島に侵入したイスラム教徒 (ムスリム) をさすスペイン語であるが,のちにフィリピンのイスラム教徒をさす語となった。スペインは 71年のマニラ市建設に際してイスラム教徒の先住民の激しい抵抗にあい,以後 19世紀後半にいたるまで各地で両者の間に戦いが断続された。これをモロ戦争と総称する。先住民はしばしば部族をこえたムスリム連合艦隊を組織してスペイン軍を悩ませたが,次第に圧迫され,スペイン支配の末年 (19世紀末) には南端の大島ミンダナオで攻防が続いていた。

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世界大百科事典内のモロ戦争の言及

【フィリピン】より

…しかし,両地域はスペイン体制の末期まで,ついにスペインの進出を許さなかった。とくに南部のイスラム地域では,ホロ島をはじめとして,ミンダナオ島のコタバト地方やラナオ地方などにモロ族による強力なスルタン国家が成立していたので,スペイン政庁はこれらイスラム地域と3世紀近くにわたって,〈モロ戦争〉と呼ばれる熾烈な戦いを繰り返した。 18世紀後半に入って,スペイン政庁はフィリピンの経済開発を模索するようになった。…

【モロ族】より

… スペインの進出当時は,フィリピン中北部のミンドロ島やルソン島マニラ湾一帯にもモロ族が存在したが,スペインの征服活動の結果,モロ族の居住地域は,南部のスールー諸島とミンダナオ島およびパラワン島の一部に限られるようになった。スペインはこの南部モロ族社会を征服するために,3世紀にわたってモロ戦争と呼ばれる侵略戦争を継続したが,ついに成功しなかった。一方,モロ族はこれに対する報復として,スペイン支配下の中北部フィリピンの海岸地帯に果敢な海賊行為を繰り返したので,モロ族社会とキリスト教徒社会の間には,憎悪と対立の関係が形成された。…

※「モロ戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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