…日清戦争前後に,北陸をはじめ地方を巡演するなかから民謡調のメロディを自作にとりいれるようになり,99年に横江鉄石と共作した《ストライキ節》が最初のヒット作となった。日露戦争下に堺利彦から依頼されてつくった《ラッパ節》が戦後にかけて大流行となり,その新作をかさねるうちに社会主義を信条とするにいたり,《ああ金の世》《ああわからない》《増税節》などで大正初年にかけての大衆歌謡をリードした。痛烈な風刺を軽いユーモアの曲調にのせるところに啞蟬坊演歌の特色があり,社会主義者のフラクション抗争には超然としていたが,演壇からの話が警官によって〈弁士中止!〉となっても演歌で呼びかけ,〈啞蟬坊は2度の中止を食う〉と評判だった。…
※「ラッパ節」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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