日本大百科全書(ニッポニカ) 「リン脂質生合成阻害剤」の意味・わかりやすい解説
リン脂質生合成阻害剤
りんししつせいごうせいそがいざい
殺菌剤を病原菌の標的との相互作用で分けたときの分類の一つ。生体膜の主要な構成成分であるリン脂質は、細胞内情報伝達物質としても重要な役割を果たす機能性脂質でもある。リン脂質は、グリセロリン脂質とスフィンゴリン脂質に大別されるが、リン脂質生合成阻害剤は、グリセロリン脂質のうちホスファチジルコリン(レシチン)の生合成を阻害することにより、殺菌作用を発現する。具体的には、リン脂質生合成阻害剤は、ホスファチジルエタノールアミンからホスファチジルコリンを生合成する経路(グリーンバーグ経路=Greenberg Pathway。グリーンバーグDavid M. Greenberg、1895―1988が発見)において、S-アデノシルメチオニンを基質とするN-メチル基の転移反応を阻害するとされている。
リン脂質生合成阻害剤は、その化学構造の特徴から、有機リン系(エジフェンホス=EDDP、キタジン=EBP、およびイプロベンホス=IBP)とマロン酸系(イソプロチオラン=IPT)に大別され、日本では、それぞれ1967年(昭和42)と1974年に登録された。
リン脂質生合成阻害剤は、イネの重要病害であるいもち病菌がイネ体内へ侵入するときに必須(ひっす)である侵入菌糸伸展の生育を阻害することにより防除効果を発現する。イソプロチオランは、殺菌作用のほかにイネの重要害虫であるトビイロウンカの増殖抑制効果や、ブロイラーやウシの肝疾患に効果があり動物薬としても使用され、さらに、昆虫の脱皮阻害剤であるブプロフェジン、肝硬変用医薬品マロチラートの創薬のきっかけにもなっている。
[田村廣人]