リン脂質(読み)りんししつ(その他表記)phospholipid

日本大百科全書(ニッポニカ) 「リン脂質」の意味・わかりやすい解説

リン脂質
りんししつ
phospholipid

複合脂質の一つで、分子内にリン酸エステルおよびホスホン酸エステルをもつ脂質の総称。ホスファチドphosphatideともいう。細胞を構成する原形質膜、核膜のほか、小胞体、ミトコンドリア、ゴルジ体、リソソームリソゾーム)、葉緑体などの小器官の膜の主成分であり、二重層としてこれらの生体膜を形成する。この生体膜に膜タンパク質が結合した流動モザイクモデルが広く認められている。リン脂質は、グリセロールを共通構成成分とするグリセロリン脂質スフィンゴシン(炭素数18のアミノアルコール)を共通構成成分として含むスフィンゴリン脂質に二大別される。グリセロリン脂質は、リン脂質のうち70%以上を占めており、ホスファチジルコリンレシチン)やホスファチジルエタノールアミンケファリン)をはじめ、ホスファチジルセリンホスファチジルイノシトールなどのほか、エーテル結合で脂肪酸と結合したプラスマロゲンやエーテルリピド(脂質)などが知られている。スフィンゴリン脂質では、スフィンゴミエリンやセラミドホスホリルエタノールアミンなどが知られる。

[若木高善]

『日本生化学会編『続 生化学実験講座3 膜脂質と血漿リポタンパク質(上)』(1986・東京化学同人)』『日本生化学会編『新 生化学実験講座4 脂質2 リン脂質』(1991・東京化学同人)』『佐藤清隆・小林雅通著『脂質の構造とダイナミックス』(1992・共立出版)』『小川和朗ほか編『脂質とステロイド――組織細胞化学の技術』(1993・朝倉書店)』『水島昭二・宇井理生編『最新 生体膜システム』(1993・講談社)』『中村運著『分子細胞学』(1996・培風館)』『日本生化学会編『細胞機能と代謝マップ1 細胞の代謝・物質の動態』(1997・東京化学同人)』『日本薬学会編、菊川清見著『からだが錆びる――酸素ストレスによる生活習慣病』(1999・丸善)』『宮沢陽夫・藤野泰郎編著『生物化学実験法9 脂質・酸化脂質分析法入門』(2000・学会出版センター)』『日本生化学会編『基礎生化学実験法第5巻 脂質・糖質・複合糖質』(2000・東京化学同人)』『渋谷勲著『生体膜脂質の機能を追って――その分子生物学を拓く』(2002・学会出版センター)』『大野秀隆著『コレステロールを下げただけでは脳梗塞・心筋梗塞は防げない』(2002・啓明書房)』『田川邦夫著『からだの働きからみる代謝の栄養学』(2003・タカラバイオ、丸善発売)』

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改訂新版 世界大百科事典 「リン脂質」の意味・わかりやすい解説

リン(燐)脂質 (りんししつ)
phospholipid

複合脂質の一つで,リン酸エステルおよびホスホン酸エステルをもつ脂質の総称。ホスファチドphosphatideともいう。アルコールとして,グリセロールをもつグリセロリン脂質glycerophospholipid(またはphosphoglyceride)と,スフィンゴシンをもつスフィンゴリン脂質sphingophospholipidに大別される。リン脂質はいずれも極性のある脂質であり,遊離の状態でもわずかに存在しているが,生体膜の重要な構成成分となっている。グリセロリン脂質はリン脂質の70%以上を占めている。

 天然に存在しているグリセロールリン酸sn-グリセロール-3-リン酸と呼ばれる。グリセロリン脂質は,グリセロールの1,2位の水酸基に種々の脂肪酸のカルボキシル基エステル結合をし,3位の水酸基にリン酸がエステル結合をしている。この最も簡単なリン脂質はホスファチジン酸phosphatidic acidと呼ばれ,生体中には少量しか含まれないが,生合成の中間体としては重要である。ふつうのグリセロリン脂質ではリン酸にさらに多種のアルコール(コリン,セリン,エタノールアミン,グリセロール,イノシトールなど)がエステル結合している。高等動植物に最も多いグリセロリン脂質は,ホスファチジルコリン(PC)とホスファチジルエタノールアミン(PE)であり,つづいてホスファチジルセリン(PS),ホスファチジルイノシトール(PI),ジホスファチジルグリセロール(カルジオリピン)などがある。これらはいずれも生体膜の構成成分である。

 これらのリン脂質はリン酸基とともに種々の電荷をもっており,膜の機能に重要であろうと考えられている。すなわちPE,PCでは全体としては中性の両イオン性分子であるが,PS,PIは酸性リン脂質である。組織中に存在するリン脂質は,1,2位に種々の脂肪酸が結合するために一群の分子種の混合物になっている。脂肪酸の炭素数は一般に偶数で14~24。PCでは通常,1位にパルミチン酸ステアリン酸,2位にリノレン酸などの炭素数18の不飽和脂肪酸が多く,PEでは2位には長鎖の不飽和脂肪酸が多い。PIでは1位はほとんどステアリン酸,2位がアラキドン酸である。このように2位には不飽和脂肪酸が多い。

 プラズマローゲンplasmalogenは,ふつうのグリセロリン脂質と異なり,1位の脂肪酸エステル結合のかわりにα,β不飽和のエーテル結合をした長い脂肪鎖をもっている。極性基にエタノールアミンをもつものが最も多く,この脂質は筋肉や神経細胞の膜にとくに多い。

 純粋なグリセロリン脂質は蠟状の固体であり,空気にさらされると多不飽和脂肪酸成分が過酸化物を生じ,重合体を形成して色がついてくる。水を少量含んだ有機溶媒にはよく溶け,細胞や組織からはよくクロロホルム-メチルアルコール混合液を用いて抽出される。水に溶かすと大半はミセルを形成する。

 グリセロール誘導体ではないもう一つのリン脂質はスフィンゴミエリンsphingomyelinである。これはスフィンゴシンと呼ばれる長い不飽和炭化水素鎖をもつアミノアルコールの誘導体である。アミノ基に脂肪酸がアミド結合してできたセラミドの第一アルコールにホスホリルコリンかまたはホスホリルエタノールアミンがエステル結合をした構造をもつ。高等動物の組織に多く含まれている。

グリセロリン酸は温和なアルカリ処理によりセッケンとグリセロール-リン酸-アルコール部分とに分解される。強アルカリ処理を行うと頭部のアルコール部分も分解され,グリセロールリン酸を生じる。生体内ではリン脂質は活発に代謝されているが,分解はタンパク質などと異なり,分子のおのおのの部分でその代謝回転の速度は異なっている。この過程には種々の特異性をもつリパーゼが重要な役割を担っている。例えばホスホリパーゼA2はグリセロリン酸の2位のエステルを加水分解し,リゾホスホリピドを生じるが,この物質はさらに分解されるか,アシルCoAからアシル基転移酵素によって別のリン脂質に変化させられる。種々のホスホリパーゼの作用部位をPCを例にとって図5に示す。A1は1位の脂肪酸基を,A2は2位の脂肪酸基を特異的に除去する。ホスホリパーゼCはリン酸とグリセロール間の結合を加水分解し,植物に含まれるホスホリパーゼDは極性頭部を除き,ホスファチジン酸を生成する。

 リン脂質は血清や胆汁には遊離の形で存在するが,その大半は膜に存在している。これはリン脂質は極性をもつ脂質であるために,水中では疎水性の長鎖脂肪酸基を内部に,親水性の極性頭部を表面に会合して集合ミセルが二分子膜をつくる性質に基づいている。生体膜の約40%が脂質であり,その大半はリン脂質で占められている。したがってこの脂質の膜の基本構造を与えている点できわめて重要である。

 特殊な例ではリン脂質が直接生理作用をもつことが知られている。1,2位にパルミチン酸を結合したリン脂質は,肺が機能するためにつねに分泌されている。この脂質は表面活性物質とよばれ界面活性作用をもち,肺胞を取り巻く液層の表面張力を下げることにより無気肺になるのを防いでいる。胆汁や血清中ではリン脂質はコレステロールを溶かし,運搬する役目をもっており,したがってリン脂質の合成低下は,コレステロール結石や胆石の原因となる。
脂質
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化学辞典 第2版 「リン脂質」の解説

リン脂質
リンシシツ
phospholipid

ホスファチドともいう.複合脂質の一種.リン酸エステルやホスホン酸エステルをもつ脂質の総称.グリセリンと脂肪酸とリン酸よりなるホスファチジン酸,ホスファチジングリセリン,カルジオリピン,さらに窒素化合物を含むホスファチジルコリン(レシチン),ホスファチジルエタノールアミンホスファチジルセリン,1-アルケニルエーテル結合で,グリセリンの1位に結合したプラスマローゲン,脂肪酸を1個しかもっていないリゾホスホリピドなどがある.これらのほかに,イノシトールを含むイノシトールホスホリピドや,グリセリンのかわりにスフィンゴシンを有するスフィンゴホスホリピドもある.リン脂質は微生物界,植物界,動物界いずれにも広く分布しており,生物の細胞膜やミトコンドリア膜,神経組織などの膜構成に関与し,タンパク質とともに生体膜を構成する重要成分である.生体の各種の代謝機構への関与が知られている.リン脂質は,一般にカラムクロマトグラフィーなどを用いることにより純粋に取り出されるものが多く,生体物を構成する膜の各種機能の研究に広く用いられている.生合成経路についても解明されつつある.また,リン脂質には各エステル結合を加水分解するホスホリパーゼA(脂肪酸とグリセリンのエステル結合を1個のみ加水分解する.1位を分解するものをホスホリパーゼ A1,2位を分解するものをホスホリパーゼ A2 とよぶ),ホスホリパーゼB(脂肪酸とグリセリンのエステル結合を2個とも加水分解する),ホスホリパーゼC(リン酸とグリセリドとのエステル結合を加水分解する),ホスホリパーゼD(リン酸と窒素を含む化合物,そのほかのエステル結合を加水分解する),リゾホスホリパーゼ(リゾホスホリピドの脂肪酸エステル結合を加水分解する)が知られている.スフィンゴシンを含むリン脂質についても同様であり,作用するリン脂質に応じて,レシチナーゼ,スフィンゴミエリナーゼなどとよばれることもある.[別用語参照]グリセロリン脂質電子伝達系(光合成)中の図

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

百科事典マイペディア 「リン脂質」の意味・わかりやすい解説

リン(燐)脂質【りんししつ】

リンを含む複合脂質。ホスファチド,ホスホリピドとも。レシチン(ホスファチジルコリンとも),ホスファチジルエタノールアミン,ホスファチジルセリン,ホスファチジルイノシトール,ジホスファチジルグリセロール(カルジオリピンとも)などのグリセロリン酸誘導体(グリセロリン脂質)と,スフィンゴミエリンなどのスフィンゴシンリン酸誘導体(スフィンゴリン脂質)に大別される。ミトコンドリア膜,原形質膜などの生体膜の基本成分で,物質の能動輸送,各種代謝,シグナル伝達などに重要。グリセロリン脂質から脂肪酸が1分子はずれたものをリソリン脂質といい,強い溶血活性を示す。
→関連項目アラキドン酸ケファリン高脂血症脂質

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栄養・生化学辞典 「リン脂質」の解説

リン脂質

 ホスホリピドともいう.リン酸エステル,ホスホン酸エステルを含む脂質の総称.多くはホスファチジン酸をもつ.例えばホスファチジルコリンなどがある.生体の膜の重要な成分で,細胞の各種の膜などに分布する.食品加工では乳化剤として利用される.

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毛髪用語集 「リン脂質」の解説

リン脂質

カルシウムと結合し、骨や歯の主成分となる「リン酸」と、「脂質」とが結合したものの総称。主に細胞の表面にあって細胞膜を構成する役割を担っている。また、血液中の脂肪を水に溶かして運ぶ働きもある。

出典 抜け毛・薄毛対策サイト「ふさふさネット」毛髪用語集について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リン脂質」の意味・わかりやすい解説

リン脂質
リンししつ

「ホスファチド」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内のリン脂質の言及

【リン(燐)】より

… なお,黄リンは皮膚に触れると火傷を起こし,毒性が強いのでゴム手袋,ピンセットなどで取り扱い,水中,暗所に保存する。【漆山 秋雄】
[生体とリン]
 リンは生体の必須構成元素の一種で,生体内ではほとんどがリン酸として存在し,核酸リン脂質,リンタンパク質,その他の化合物となり,さまざまな機能を果たす。核酸中ではリン酸ジエステルとして,糖とともにポリヌクレオチド鎖の骨格を形成する。…

※「リン脂質」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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