一之谷村(読み)いちのやむら

日本歴史地名大系 「一之谷村」の解説

一之谷村
いちのやむら

[現在地名]境町いち

染谷そめや村の南に所在。南と西は一ノ谷沼(現在は水田)、他は台地浦向うらのむこうから当地を経て伏木ふせぎに向かう鎌倉街道があり、村域に永享年間(一四二九―四一)・文明一一年(一四七九)・同一五年などの板碑がある。

江戸時代は下総関宿藩領で、「寛文朱印留」に「一谷村」とみえる。猿島郡上郷に属し、寛文一一年(一六七一)の関宿領茂右衛門御代官場石高覚帳(松本好司文書)には「一ノ谷村」とあり、本高一〇四・六五一石のほかに四四・五一三石があり、合計一四九・一六四石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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