一岳城跡(読み)いちのだけじようあと

日本歴史地名大系 「一岳城跡」の解説

一岳城跡
いちのだけじようあと

[現在地名]那珂川町市ノ瀬・五ヶ山

いちやまの境にある山城跡。一ノ岳(六四八メートル)の山頂部に本丸を構えたため一岳城と称し、別名一瀬いちのせ(歴代鎮西志)五箇山ごかやま城ともいう(「高橋記」など)。「続風土記」によれば室町期には九州探題千葉氏(渋川氏の誤りか)居城で、戦国期には筑紫上野介広門の出城であったという。永禄(一五五八―七〇)初年前後には筑紫惟門の居城であったが、大友氏に攻められて城を追われ、永禄二年に筑紫氏は城を奪還している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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