七日市藩陣屋跡(読み)なのかいちはんじんやあと

日本歴史地名大系 「七日市藩陣屋跡」の解説

七日市藩陣屋跡
なのかいちはんじんやあと

[現在地名]富岡市七日市

国道二五四号の南側沿いにあり、現在は県立富岡高等学校の敷地となっている。元和二年(一六一六)前田利家の五男利孝が甘楽かんら郡で一万石余を得、七日市の西端に陣屋を構えた。以来明治四年(一八七一)廃藩まで、前田氏一二代の陣屋であった。領内の村は七日市領一八ヵ村といわれる。寛文四年(一六六四)改めでは打出高二千二一石余。貞享元年(一六八四)までに一千九二石余の打出高があり、拝領高一万一四石に対し約三割の新田開発が行われている。天明三年(一七八三)写の領内村高等覚(保阪文書)によると領内は南郷北郷に分けられ、合計田畑反別は田三〇二町余・畑九二七町余・藪二三町余・山四八二町余であった。小藩ではあったが宗家加賀前田家の援助・保護が種々あったためか、藩政は上州他藩に比べ安定をみた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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