七番丁(読み)しちばんちよう

日本歴史地名大系 「七番丁」の解説

七番丁
しちばんちよう

[現在地名]高松市番町ばんちよう三―四丁目

北の六番丁、南の八番丁に挟まれた武家屋敷。松平頼重入部後に成立(→六番丁。東は亀井かめい町、西は稲荷社領。東西約四五〇間・南北約六〇間、家数三九軒の東西に細長い町割で、東端部に修理様長屋・浄願じようがん寺境内・馬場がある(天保一五年城下図)。南側東部の一五〇石取松原仁左衛門(馬廻)を筆頭に、その西に池田杏安(奥医師)・青葉権左衛門(使番格)・長尾平太(切支丹奉行)・芦沢平助(奥目付)らの屋敷があり、一〇〇石以上九人、一〇〇石未満二七人の中・下級武士の居住区であった(高松藩分限帳・天明年間城下図)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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