万代梅村(読み)もずうめむら

日本歴史地名大系 「万代梅村」の解説

万代梅村
もずうめむら

[現在地名]堺市百舌鳥梅もずうめ町一―四丁・百舌鳥西之もずにしの町一丁・百舌鳥梅北もずうめきた町五丁など

万代赤畑もずあかはた村の南東にある。大鳥郡に属し、万代庄八ヵ村の一。慶長一〇年(一六〇五)和泉国絵図に「梅が庄司村」とみえ、「おはね村」と合せて高三四〇石余。寛永末年頃の状況を記したと推定される和泉国郷村帳では万代百済もずくだら村・万代高田もずたかだ村・万代金口もずかねのくち村とともに「万代村」一千九六〇石余のうち。元文年中改和泉国四郡郷村高帳によると梅村のみの高四八五石余で以後変化はない。なお元禄初年の「泉州志補遺」には「新家村・小畑村は右の梅村高の内也」とみえ、万代赤畑村の出在家新家しんけはその所属が移動していたようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

《料理されるためにまないたにのせられた魚の意から》相手のなすに任せるより方法のない運命のたとえ。まないたの鯉こい。[類語]俎板まないたの鯉こい・薬缶やかんで茹ゆでた蛸たこのよう・手も足も出ない...

俎上の魚の用語解説を読む