万蔵院(読み)まんぞういん

日本歴史地名大系 「万蔵院」の解説

万蔵院
まんぞういん

[現在地名]猿島町生子

生子おいご西部の北向内ぼつこうじ坪に所在。長い参道両側に松並木が続き、四国八十八ヵ所を勧請している。以前は満蔵院と記した。神護護国聖宝じんごごこくしようほう寺慈徳山万蔵院と称し、真言宗豊山派。本尊大日如来。明治三一年(一八九八)に建てられた記念碑に「万蔵院聖宝寺者、貞観十二年理源大師所開創、爾後隆替雖今無文献可徴視、元亀間住持定照所建之門庶今尚存者荘厳華麗観者尽日不厭故俗称曰日暮門、当時伽藍壮宏教化熾盛鬱為一方巨刹可以知也、及于徳川氏執政以寺田二十石為定額所隷支刹有二十一院門風煽揚猶未墜地、享保十二年住持雄弁建三層塔結構精巧亦為東陬偉観、文化九年二月廿一日諸堂罹舞馬之災所、免唯塔及門」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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