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金剛界曼荼羅 こんごうかいまんだら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金剛界曼荼羅
こんごうかいまんだら

両界曼荼羅の一つ。胎蔵界曼荼羅と対をなす。『金剛頂経』に基づき,大日如来によって総括される仏教の宇宙観を図式化したもの。普通には9種 (九会) の曼荼羅を3列3段に並べて一図とした金剛界九会曼荼羅をさす。すなわちその中心部に成身会 (じょうじんえ) ,その下辺に三昧耶会 (さんまやえ) ,それより右回りに微細会,供養会,四印会,一印会,理趣会,降三会,降三世三昧耶会の諸会より成る。中心の成身会は大日如来と四仏,それらを囲む 32の菩薩を合せて金剛界三十七尊を基本構成とする金剛界中最も代表的な曼荼羅。台密ではこれに相当する『金剛界八十一尊曼荼羅』のみを金剛界曼荼羅として主用した。理趣会のほかは大日如来を本尊とし,多数の尊像を配するものから簡略化したもの,諸尊のシンボルである三昧耶形のみで表わしたもの,など内容に変化があるが,いずれも同大の画面を組合せた複合的な曼荼羅であることに特色がある。

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大辞林 第三版の解説

こんごうかいまんだら【金剛界曼荼羅】

〘仏〙 金剛界を図示したもの。「金剛頂経」の説に基づく。その内容を九つの部分に分けるところから九会くえ曼荼羅ともいう。西さい曼荼羅。 ↔ 胎蔵界曼荼羅九会くえ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

金剛界曼荼羅
こんごうかいまんだら

密教の両界(両部)曼荼羅の一つ。胎蔵界(たいぞうかい)曼荼羅に対し西側に掛ける。九会(くえ)曼荼羅、智(ち)曼荼羅、西(さい)曼荼羅、果(か)曼荼羅ともいい、『金剛頂経』を所依とする。サンスクリット語でバジラダートゥ・マンダラvajradhtu-maalaという。画面を縦・横各3区画し、計9区画(九会)、すなわち(1)成身会(じょうじんね)、(2)三昧耶会(さんまやえ)、(3)微細会(みさいえ)、(4)供養会(くようえ)、(5)四印会(しいんえ)、(6)一印会(いちいんえ)、(7)理趣会(りしゅえ)、(8)降三世会(ごうざんぜえ)、(9)降三世三昧耶会からなり、1461尊で構成される。大日如来(だいにちにょらい)の智の面を表現し、男性的原理を内蔵する。真言行者はこの画面を上転・下転の両面から解釈する。なお、成身会のみ独立したものに金剛界八十一尊曼荼羅があり、国重要文化財指定の絹本着色図が根津美術館(東京)に伝存する。[真鍋俊照]
『真鍋俊照著『曼荼羅の美術』(1979・小学館)』

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世界大百科事典内の金剛界曼荼羅の言及

【曼荼羅】より

… このように曼荼羅は本来壇を中心とする個別の曼荼羅に源を発し,時代とともに離合集散しながらしだいに総合されてきた。そのきわまるところ,7世紀中ごろ,《大日経》が成立し,以後それにもとづく一大総合曼荼羅である胎蔵曼荼羅が描かれ,また7世紀から8世紀初めにかけて《金剛頂経》が作られ,それにもとづいて金剛界曼荼羅が描かれるようになった。密教ではこの時点で確立された大日如来を中心とする密教を純密,それ以前を雑密といって区別している。…

【両界曼荼羅】より

…密教の教義を,大日如来を中心とした諸尊の配置によって図示した曼荼羅。胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせて両界曼荼羅という。両部曼荼羅とも称される。…

※「金剛界曼荼羅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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