三之瀬城跡(読み)さんのせじようあと

日本歴史地名大系 「三之瀬城跡」の解説

三之瀬城跡
さんのせじようあと

[現在地名]柿木村福川

三之瀬にある標高二六三メートルの山城。本丸・二の丸・三の丸があり、総長一二〇メートル、幅は一〇―四〇メートル。北側を福川(ふくかわ)川が半円形に貫流し、背後に山稜が連なっている。天文一一年(一五四二)吉見正頼が斎藤助五郎に椛谷(かばたに)・福川を与え、津和野城の支城として構築させたもので、交通上の要衝であった。天文の役の天文二三年防州から攻めてきた陶晴賢方の江良弾正・端土太郎の軍は指月(しづき)城・五郎丸(ごろうまる)城・能美山(のみやま)城(現六日市町)を次々に陥れた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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