三十三間堂跡(読み)さんじゆうさんげんどうあと

日本歴史地名大系 「三十三間堂跡」の解説

三十三間堂跡
さんじゆうさんげんどうあと

[現在地名]江東区富岡二丁目

京都の三十三間堂(蓮華王院)を模して建てられた南北六六間・東西四間、四面回り縁の堂で、本尊千手観音であった。寛永一九年(一六四二)射術稽古のため浅草に建てられた。しかし建設にあたった新両替しんりようがえ(現中央区)の弓師備後が材木料を滞らせたため、正保元年(一六四四)普請を請負った堺屋久右衛門(のちに鹿塩)拝領し、以後代々堂守を勤めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む