三寺村(読み)みつでらむら

日本歴史地名大系 「三寺村」の解説

三寺村
みつでらむら

[現在地名]亀山市三寺町

亀山城の南に位置し、田茂たも村の東に接する。なかノ川中流域の村で、この辺りから昼生ひるお谷は東方に向けて広くなる。中世は昼生谷七郷に属する他の諸村と同様、関氏の関谷せきだに二四郷に含まれ、元和元年(一六一五)津藩、寛文九年(一六六九)以後久居藩に属した(宗国史)。地形が開けていることもあって、昼生谷のなかではしもしよう村に次ぐ村高がある。宝永二年(一七〇五)以後、亀山宿の助郷村に加えられている(亀山地方郷土史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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