三津里・御津里(読み)みつのさと・みつのさと

日本歴史地名大系 「三津里・御津里」の解説

三津里・御津里
みつのさと・みつのさと

古代郷里制下の吉妾きしよう郷の里。天平七年(七三五)一〇月の平城京跡出土木簡(「平城宮木簡概報」二二―二五頁)に「棄妾郷三津里」、同木簡(同書二二―二四・二五頁)に「棄妾郷御津里」とみえる。現沼津市内浦三津うちうらみと付近に比定される。治承四年(一一八〇)五月一一日の皇嘉門院惣処分状(九条家文書)に「いつみつのミくりや」(伊豆三津御厨)とみえ、古代・中世にはミツと訓んだと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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