三玉村(読み)みたまむら

日本歴史地名大系 「三玉村」の解説

三玉村
みたまむら

[現在地名]吉舎町三玉

矢野地(やのち)村の南に位置し、村の西端を馬洗(ばせん)川が流れる。元和五年(一六一九)の備後国知行帳は「三田間村」として高三一〇・〇一八石を記す。「国郡志下調書出帳」によると、広島藩浅野氏による最初の検地は寛永一一年(一六三四)七月行われている。文政三年(一八二〇)には村高のうち四二石余が「古荒川成」で毛付高は二六七石余、田の七分方は吉舎村境の馬洗川井手水に、三分方は雨池水に依存している。この年の定物成は一〇六石余で、九四石余が三原米蔵納め、残りの一一石が所払(銀納)を認められている。

本郷の大歳(ほんごうのおおとし)神社は木花開耶姫命を祀り、旧村社。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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