三田中道寺門前(読み)みたちゆうどうじもんぜん

日本歴史地名大系 「三田中道寺門前」の解説

三田中道寺門前
みたちゆうどうじもんぜん

[現在地名]港区高輪たかなわ一丁目

魚籃ぎよらん坂下に形成された片側の門前町屋。東は大信だいしん寺および伊予小松藩一柳家下屋敷、西は実相じつそう(もとは中道寺)境内を隔てて幕臣邸地、南は肥後熊本藩細川家中屋敷および幕臣邸地、北は黒鍬組大縄地。中道寺は元禄一三年(一七〇〇)実相寺と改号。享保二〇年(一七三五)極貧寺のため一〇ヵ年季の貸家が許された。以後それを切替えてきたが、文政七年(一八二四)に類焼し同一〇年に再び家作を建てた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む