三組新田(読み)みくみしんでん

日本歴史地名大系 「三組新田」の解説

三組新田
みくみしんでん

[現在地名]鶴見区今津いまづきた四―五丁目・みなみ一―四丁目・なか五丁目〉

河内茨田まんだ郡に属し、今津村の東・南東・南の三所に分れる。もとは新開しんかい(現東大阪市)南西部の池床であったが、宝永元年(一七〇四)の大和川付替え後開発された。今津村北東の字上の大ケ・道場島・川添・下の大ケ・北原南方の字諸島、摂河国境付近の字笹関・小堤の狭長地からなる。無住の新田で、開発年は近辺の新田同様宝永五年以前と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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