上二ヶ村(読み)かみにかむら

日本歴史地名大系 「上二ヶ村」の解説

上二ヶ村
かみにかむら

[現在地名]久米南町上二ヶ

下弓削しもゆげ村の南に位置し、西から南は下二ヶ村で、間に仏教寺ぶつきようじ村を挟む。当村と下二ヶ村・下二しもに山手やまての三ヵ村を古くは二ヶ村あるいは立野村と称したらしく、近世初期に分村したとされる。立野村は中世弓削庄に属し、応永二九年(一四二二)八月日の左衛門尉某・右衛門尉某連署寄進状(豊楽寺文書)では、豊楽ぶらく(現御津郡建部町)に立野村福富名五段が寄進されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む