上仁田山村(読み)かみにたやまむら

日本歴史地名大系 「上仁田山村」の解説

上仁田山村
かみにたやまむら

[現在地名]桐生市川内町かわうちちよう五丁目

山田川上流の谷間に位置し、東は上久方かみひさかた村、南は名久木なぐき村、西は小平おだいら(現山田郡大間々町)。天正八年(一五八〇)三月九日、北条長門守は金井新右衛門尉に替わって「仁田山一跡」を給わり(「武田勝頼定書」北条文書)、同一二年五月二八日の北条家朱印状(阿久沢文書)で阿久沢氏に与えられた「仁田山之内」には塩原しおばら浅原あさばら小平塩沢しおざわ(現大間々町)高津戸たかつど(現大間々町・桐生市)があり、仁田山郷は現大間々町の北部から現桐生市の西部一帯を含んでいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む