日本歴史地名大系 「上北村」の解説 上北村かみきたむら 岐阜県:吉城郡古川町上北村[現在地名]古川町上気多(かみきた)・若宮(わかみや)一―二丁目・片原町(かたはらちよう)・金森町(かなもりちよう)・本町東町(ほんまちひがしまち)古川盆地の東部水田地帯より安峰(あんぽう)山西斜面までを含み、西は古川町方村。増島(ますしま)城築城当時この地には深い沼田があったらしく、明治三年(一八七〇)の後風土記書上(寿楽寺蔵)に「慶安元年古川の内北の深沼に田を拵、銘々壱枚二枚つつ植るに、柄の長き鍬にて沼をのり、苗をなげちらし棒にて押付うへ候。此頃より田にはなれそめけるにや」とある。慶長一〇年(一六〇五)の飛騨国郷帳の古川郷のうちに「北村上縄」田方三二〇石余・畑方三六〇石余、物成二五二石余と、「北村下縄」田方四一二石余・畑方二〇七石余、物成一八五石余があり、のちの上中下の北村を含んでいる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報