上南室村(読み)かみなむろむら

日本歴史地名大系 「上南室村」の解説

上南室村
かみなむろむら

[現在地名]北橘村上南室

赤城山南西麓に位置し、西に緩傾斜した山麓原を山田沢・二反田(にたんだ)沢・横山(よこやま)沢が西流して輻射谷をなし、台地と低地の続く所に広がる村。低地は田、台地は畑または林に利用されている。東は赤城山原野に続き、西は下南室村。村の西端を沼田街道が南北に通る。江戸時代前期は下南室村と一村で南室村といったが、のち分村。元禄郷帳によると高一〇九石余、前橋藩領(幕末に至る)。寛延二年(一七四九)の村明細帳(上南室区有文書)によると高一五一石余、反別二三町余、うち田八町余・畑一五町余、ほかに新田高二三石余、反別六町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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