生糸(読み)きいと

日本大百科全書(ニッポニカ) 「生糸」の意味・わかりやすい解説

生糸
きいと

繭(まゆ)から繰糸したままの長い糸で、精練処理や撚合(ねんごう)などの加工をしていないものをいう。ときには2匹以上のカイコがつくった繭から繰糸した玉糸や、精練を施したものを生糸に含めることがある。この生糸は、屋内で飼育されるカイコからとれる家蚕(かさん)糸と、サクサン・天蚕・エリサンなどからとれる野蚕(やさん)糸に分けられるが、一般には家蚕糸が使われる。カイコは、鱗翅(りんし)目カイコガ科カイコガの幼虫で、桑の葉を食べて、卵・幼虫・蛹(さなぎ)・成虫の変態を繰り返し成長する。幼虫の間、4回の休眠(脱皮)を経て、繭をつくり蛹になるが、ここで熱気を当てて、蛹を殺す。

 繭から生糸にする作業を製糸とよび、その工程は、乾繭(かんけん)(繭を長期にわたって保存するため、乾燥して繭中の蛹を殺す)、煮繭(繭から繭糸がよく解けるように繭を煮る)、繰糸(繭糸を数本引きそろえて糸にする)からなり、不良繭を除去後、繭糸を引きやすくするため熱湯中で煮繭し、目的に応じた糸の太さに従って繭の個数を決め、糸口を集めて1本の生糸にする。これを繰枠に巻き取ったのち、大枠に巻き返して綛(かせ)に仕上げ束装(そくそう)する。

 この束装は、輸出生糸の増加とともに統一されてきたが、生糸市場においては、1綛約70グラムの綛を捻造(ひねりづくり)にし、30綛を1括(くく)りとして紙装したのち、内地向けには、約18括を1梱(こり)(10貫=37.5キログラム)として莚(むしろ)包みにする。輸出向けには、約29括を1俵(16貫=60キログラム)に洋装する。これが標準の梱包(こんぽう)方法であったが、現在では国内生産が減少して、輸入生糸に依存しているために、過去のものを示した。

 製糸は、初め釜(かま)などで繭を煮ながら枠に巻き取る手挽(てび)き法によったが、巻き取りに歯車などを使った座繰(ざぐり)機が江戸後期に現れ、明治初期にはイタリア・フランスから製糸機械が輸入され、官立富岡製糸場が設置されて、生産は家内工業から工場生産へ移っていった。現在では、能率的な多条繰糸機が一般的に用いられ、また糸質の均一化を図るため、自動繰糸機も一部で使われている。

 わが国における明治以後の生糸生産は、殖産興業政策による輸出産業として、東北地方から中部地方にかけて、盛んに地場産業として育成されたが、外国の生糸市場における価格の変動に、国内の製糸産業は影響を受けた。そのため購入繭価格の安定化、製糸工程の合理化、製糸労働者の確保、等級別賃金の設定などの経営合理化を進めることにより、生産原価の低廉化と生糸価格の維持を図り、外国生糸に対抗することにした。そのため第二次世界大戦前には、生糸生産高は世界一を誇ることになるが、これらは主としてアメリカに輸出され、婦人用靴下に加工された。

 繰糸したままの繊維は、空気中で酸化されると表面が膠質(こうしつ)(セリシン)に包まれるため、光沢がなく、粗硬である。そのため、せっけん液などで精練し、これを除去すると、フィブロインが残り、絹独特の光沢と柔軟さが生まれるので、練糸(ねりいと)としてもっぱら使用される。

 生糸は、2本の繊維を構成するフィブロインと称するタンパク質と、膠質としてフィブロインを含むセリシンというタンパク質とからなる。フィブロイン、セリシンの生糸全体に対する比は、前者70~80%、後者20~30%で、そのほか、わずかに脂肪質、無機質、色素を含んでいる。アルカリで処理するとセリシンは除かれ、2本の練絹(ねりぎぬ)となるが、この工程を生糸の精練、あるいは単に「練り」とよんでいる。繭糸の繊度は、2~4デニールで、1個の繭から製糸される長さは、短いもので600~800メートル、長いのは1200~1500メートルの連続繊維である。多数の繭を組み合わせ、繊度がそろった所定繊度の生糸を繰糸するのは、かなりの熟練を要する。生糸の繊度は、14、21、28デニールのものが多いが、要求に応じて、各種の太さのものがつくられる。

 生糸の取引には、正量検査、品位検査を受ける。品位検査は、糸条斑(むら)、繊度斑、強伸度、抱合状態、肉眼光沢、手ざわり、色相などについて行う。生糸の抗張力は1デニール当りだいたい3~4グラム、伸びは20%前後、ヤング率毎平方ミリメートル当り800~1200キログラム、比重1.35、公定水分率は11%。弾性に優れ、耐熱性が大きく、発火点以後の燃焼速度はいろいろな繊維のなかでとくに小さいことが注目されるが、高価で、紫外線に弱いのが欠点である。その反面、水中に置いたとき、低温時でも性質があまり変わらないので、用途は広い。

 絹織物の原糸として使用するのがもっとも多いのは当然であるが、そのほかに絹靴下などの編物や、組紐(くみひも)などの組物、琴糸や三味線糸などにも使われている。

[角山幸洋]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「生糸」の意味・わかりやすい解説

生糸
きいと
raw silk

蚕の繭糸を何本か抱合させて1本の糸条にしたもので,加撚や精練などを施してないもの。原料として春繭が秋繭よりも上等とされる。糸の太さはデニールで表わし,取引上,14デニール,21デニールを基準として繰糸した製品が多い。天然繊維のなかで最もすぐれた繊維とされ,軽いうえに光沢,手ざわりがよく吸湿性,保温性に富む。元来,中国が原産地とされるが,その後,日本,中国,朝鮮,イタリア,ソ連,インドなどが主産地となった。日本は第2次世界大戦前に世界の生糸生産量の約 80%を占めたこともあったが,戦争の影響のほか化・合繊台頭による市場の構造変化,農業政策などによって衰え,1966年以後は中国や韓国などから輸入している。おもに絹織物として和・洋装用,刺繍糸などに用いられ,また工業用に使われることもある。

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旺文社日本史事典 三訂版 「生糸」の解説

生糸
きいと

蚕の繭からとった糸
古代から絹織物の原料として生産。中国産生糸が上質とされ,室町時代以後も西陣織などは輸入生糸を使用し,常に輸入品の首位を占め16・17世紀には激増。江戸幕府は糸割符 (いとわつぷ) 制により輸入統制を行い,江戸中期以後幕府や諸藩の奨励で国内生産が増大し,地方機業も発展した。養蚕から発達して品質も向上し,幕末開港後輸出品の第1となる。明治時代以後,政府の保護で産額増大し,輸出品の主力となったが,近年化学繊維の進出で盛時は去った。

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百科事典マイペディア 「生糸」の意味・わかりやすい解説

生糸【きいと】

カイコの繭糸の数本を繰糸して糸としたもの。生糸はおもにフィブロインというタンパク質よりなり,精練により表面をおおうセリシンを除くと,特有の感触と光沢をもつ。生糸から絹織物を製する。日本,中国,韓国,インド,ロシアなどが主産地。→製糸製糸業養蚕
→関連項目糸荷廻船絹一揆座繰信達騒動玉糸

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精選版 日本国語大辞典 「生糸」の意味・読み・例文・類語

き‐いと【生糸】

〘名〙 蚕の繭をときほぐしたままの繭糸を数条合わせて糸にしたもの。
正倉院文書‐天平六年(734)尾張国正税帳「壱口料稲壱束弐把 生糸一分二銖直」

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世界大百科事典 第2版 「生糸」の意味・わかりやすい解説

きいと【生糸 raw silk】

カイコ(蚕)の作る繭層から繭糸を解離し,数本以上の繭糸を抱合させつつ繰糸して得た連続する1本の糸で,撚糸(ねんし)や精練などの加工をしないものをいう。玉繭を繰った糸を玉糸というが,広義の生糸には玉糸を含めるが狭義の場合には含めない。
[種類]
 生糸は原料の繭色によって白繭糸(白糸ともいう)と黄繭糸(黄糸ともいう)に大別されるが,現在一般に飼育されている蚕品種の繭色は白であり,大部分の生糸は白繭糸である。

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普及版 字通 「生糸」の読み・字形・画数・意味

【生糸】せいし

きいと。

字通「生」の項目を見る

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デジタル大辞泉 「生糸」の意味・読み・例文・類語

き‐いと【生糸】

家蚕の繭糸数本をそろえ、繰り糸にしたままで練らないもの。

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世界大百科事典内の生糸の言及

【織物】より

…勘合船は足利義政の時代に1船団3隻に制限されたが,それ以前は4,5隻から10隻という船団で,応仁の乱以前に渡明した船数は58隻に及んでいる。したがって貿易貨物も莫大な数量にのぼり,銅銭,陶磁器,香薬,染料などさまざまなものがもたらされたが,各時代を通じて大きな額を占めたのは絹織物と生糸である。《庭訓往来》は当時都をにぎわした輸入染織品として素羅,青香羅(せばら),三法紗,顕紋紗,花香羅,黄草布,上品細美(さよみ),素紗,桃花などの名をあげている。…

【五品江戸廻令】より

…この法令では,公布の理由として,諸商人が輸出品を開港場へ直送するために,江戸へ入る荷物が減少し,価格が騰貴して江戸の市民が難渋していると述べ,また,これは貿易仕法を改めるのではなく,商人が江戸問屋から荷物を買い取って貿易を行うことはさしつかえない,とも記している。しかし,主要な輸出品である生糸が五品の中に含まれていることから考えると,この法令公布の幕府の意図は,江戸問屋を中心とする旧来の流通機構が,貿易によって崩れるのを防ぐとともに,江戸問屋に価格の決定権をもたせて,貿易利潤を独占させようとした点にあったといえる。この法令を実行に移すため,江戸糸問屋は横浜に出店を設け,横浜へ入りこむ荷物を改めて,江戸からの送り状のない荷物はすべて返送させる計画をたてた。…

【鎖国】より

…それはポルトガル国王の名の下に軍事,行政,経済の全権を握る司令官(カピタン=モール)が指揮する大船によって行われる一種の官営貿易であり,1570年(元亀1)からマカオ~長崎間をもその航路の欠くことのできない一部として含みこむことになった。16世紀の30年代ごろから急激に台頭した日本産銀と中国産生糸の交易が大きな利潤を上げ始めており,それへの対応であった。イエズス会の布教資金もここから捻出された。…

【日本資本主義】より

…このような不均等発展は,産業諸部門が相互に社会的関連をほとんどもたないで他律的に発展したことによるが,それはまた大工業にとっての国内市場を狭隘(きようあい)にし,さらなる対外進出に駆りたてるものであった。日本の貿易は,(1)重化学工業製品輸入のため入超を続ける対ヨーロッパ貿易,(2)多額の生糸輸出により巨額の出超を示す対アメリカ貿易,(3)綿花,米等の工業原料,食料品の巨額の輸入のため赤字を続ける対東南アジア貿易,(4)綿製品の輸出により黒字を増大させる対東北アジア(中国,朝鮮)貿易の四つの主要局面から構成され,これを世界貿易体系との関連で要約すれば,(1)(2)の対欧米貿易では繊維原料を輸出して重化学工業製品を輸入する後進国型貿易関係をもち,(3)(4)の対アジア貿易では工業原料を輸入し綿製品を輸出する先進国型貿易関係をもつという二面性をもっていた。第1次大戦前には重化学工業の未成熟のため欧米からの輸入が増大し,また東南アジアへの工業製品輸出には大きな制約があったため,日本の貿易は絶えざる入超に悩まされた。…

【為登糸】より

…江戸時代に諸地方から京都へ送られた生糸。古代,中世にも生糸は生産されていたが,中世末には製糸業が衰え,中国産の生糸(白糸)が多量に輸入されるようになった。…

【紡績】より

…中国における材料として,絹,葛,麻,木綿,毛などがあげられよう。そのうち生糸にする技術は古くから発達したものである。 繭から生糸をとるにはまず,釜,鍋で水を沸騰させ,膠質を取り除くため繭を煮立てる。…

【和糸問屋】より

…江戸時代,京都で国産生糸を取り扱った荷受問屋。当時白糸(唐糸,輸入生糸)に対し国産生糸を和糸といった。…

※「生糸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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