上吉影村(読み)かみよしかげむら

日本歴史地名大系 「上吉影村」の解説

上吉影村
かみよしかげむら

[現在地名]小川町上吉影

巴(ともえ)川の右岸に位置し、西は佐才(さざい)新田。安貞二年(一二二八)の関東下知状(鹿島神宮文書)に記す安元元年(一一七五)の国司庁宣に「鹿島神領橘郷、并吉影郷事」と吉影郷がみえ、同郷に対する下妻広幹の乱暴を停止させたことが記される。弘安大田文の南郡に「上吉影六丁五段半」とある。寛永一二年(一六三五)の水戸領郷高帳先高に「上吉影村」とみえる。下吉影と並んで巴川水運の河岸があった。「水府志料」による戸数およそ一六であったが、嘉永三年(一八五〇)の「常陸紅葉郡鑑」(楯石氏蔵)によると、享保元年(一七一六)の人口一〇九・戸数一九、馬一〇、嘉永三年には人口八八・戸数一四、馬九となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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