上堅田町・下堅田町(読み)かみかたたまち・しもかたたまち

日本歴史地名大系 「上堅田町・下堅田町」の解説

上堅田町・下堅田町
かみかたたまち・しもかたたまち

[現在地名]大津市中央(ちゆうおう)三丁目・島(しま)の関(せき)

南保(みなみほ)町の東に上堅田町・下堅田町と続き、いずれも浜(はま)町通の両側町。天正期(一五七三―九二)堅田の船仲間が移転してきたという。上堅田に馬場殿(ばばどの)関、下堅田に利玄(りげん)関が置かれている(寛保二年町絵図)。利玄関は「輿地志略」に粒子(りゆうご)関とある。天和二年(一六八二)の本堂奉加帳(九品寺文書)に堅田町とあり、下堅田の元禄八年町絵図では番屋を含めて家数合せて一九、醤油屋一が確認される。「輿地志略」に両町名がみえる。下堅田町の湖岸側に津軽蔵(陸奥弘前藩)・村上蔵(越後村上藩)・山城殿蔵が置かれていたが、山城殿とは旗本渡辺氏の蔵で、元禄八年町絵図では間口七間余・奥行五五間余であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む