上富安村(読み)かみとみやすむら

日本歴史地名大系 「上富安村」の解説

上富安村
かみとみやすむら

[現在地名]御坊市湯川ゆかわ富安とみやす

下富安村の北、白馬しらま山脈の南麓に位置する。道成どうじよう(現日高郡川辺町)から吉田よしだ村を経て東光寺とうこうじ(現日高郡日高町)へ抜ける道が村内を通る。下富安村とともに中世富安庄に含まれた。

慶長検地高目録に村高八六三石余とあるが、このなかにはのちの下富安村分も含まれていたと考えられる。近世初期には和歌山藩新宮領で、承応二年(一六五三)の替地により本藩領となる(新宮藩御勘定方旧記「和歌山県史」所収)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む