上寺内村(読み)かみじないむら

日本歴史地名大系 「上寺内村」の解説

上寺内村
かみじないむら

[現在地名]新発田市上寺内

坂井さかい川の支流、西流する寺内川沿いに位置する。小出こいで村の東北にあり、同村の枝郷であった。はじめ村上藩領で、延宝九年(一六八一)頃の高反別免割家数人数帳(寛政一二年写、新発田市史資料)は蔵光組のうちに寺内村と記し、高二四一石四斗余、免四ツ八分、田畑二〇町一反余、家数一三、人数二〇七。のち幕府領を経て享保九年(一七二四)黒川藩領となる。明治元年(一八六八)郷村高辻帳(高橋亀司郎氏蔵)は高二九一石七斗余とし、うち川欠石砂入引が八石四斗ある。雑木山御林一ヵ所(六町九反余)があった(享保九年「御林書上帳」同氏蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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